/ 88.‘強い日本’とは?
最近、‘強い日本’がこれまでの‘日本人ファースト’に代わって目立ってきているようだ。いろいろな報道やネットによれば、日本国民の多くは‘強い’とか‘ファースト’がお好きなようであろうか。私は、戦前の‘世界に冠たる大日本帝国’に重なって見えて仕様がない。
GDPで、中国に圧倒的に引き離され、ドイツに抜かれて、今年中にはインドに抜かれて世界5位になるといわれる。国民1人あたりのGDPも韓国・台湾に抜かれて世界40位になった(2024年)。年間4000万人もの外国人が日本を訪れて、物価高で苦しむ日本の多くの人を尻目に、彼らには割安感のある日本の買い物や食事・土地や家などの不動産をどんどん買っているといわれる。この、外国人に対する日本国民の多くがコンプレックスを強く感じて、‘栄光ある日本よ! 再び!’ということだろうか。
進行する円安は、かっては、自動車や家電などの輸出産業で支えらえた日本経済には有利だった。その輸出産業も海外に生産拠点を移して今の日本経済は輸入にたよる内需中心に変化している。今の首相は円安になって輸出有利になって日本は豊かになると言っているようだが、なにかズレている感じがする。
‘強い日本’が叫ばれているとは、‘弱くなった日本’という現状認識があるということだ。
なぜ弱くなったのか、弱くなったとはどこをもってそういうのか、その分析が与野党問わずいい加減に見える。そのためか、ほとんどの政治家は大幅減税とかばらまき給付で大衆迎合に走ってバーゲン合戦にいそしんでいる。
コストカットを名目に国や企業が研究・技術開発への人材と資金を減らしたことに他ならないと多くの識者はいう。大学の貧弱ぶりと企業の莫大な内部留保はその象徴といえまいか。優秀な人材育成と研究開発への積極的な投資がないかぎり、‘強い日本’になれるのだろうかという意見がある。
高市氏の=強い日本’は、平和国家としての強い日本を目指すというよりも、軍備増強して他国への軍事侵攻を堂々とできるようにして、アメリカ・中国に並び立つ核武装国になろうしているようにみえる。非核三原則をやねて核を日本に配備できるようにするとか、一隻1兆円を越えるといわれる原子力潜水艦を導入したいとかいう政権の発言はその現れだといえまいか。国際法と民主主義を臆面もなく踏みにじるアメリカ・トランプになにも言えずに、法の支配と民主主義を空念仏みたいに唱えているだけである。天皇に女性がなることに徹底的に抵抗し、選択的夫婦別姓に反対し、男尊女卑的な価値観を否定しない高市氏の姿勢は、‘女は短大に’という親に抵抗して高校・四大をバイトで学費をかせぎながら卒業したという彼女の生い立ちとは矛盾しているように思える。
何をもって‘強い’というのか、よくよく見ていかないと、いつか来た道をふたたび辿ることだけはしてほしくないものである。戦後80年たって国民のほとんどが戦争を知らない世代となっている。近現代史をあまり学ばせてこなかった日本の歴史教育のツケは大きくなっているのだろうか。国民は平和国家を求めているのか、戦争国家を求めているのか、私にはよくわからないこのごろの政治状況である。

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