/ 92.一仏教徒から見たイラン問題
日本時間3月20日未明、高市首相はトランプ大統領と日米首脳会談を行ったというニュースが朝のテレビで報道された。トランプの機嫌を損ねないよう、高市氏が「世界の繁栄と平和をもたらすのはドナルド(トランプ大統領)だけ」などとスピーチして懸命に‘よいしょ’して持ち上げているのが印象的だった。もちろん、‘繁栄と平和’はトランプ自身が戦争をやめればすぐに来ますよ、というニュアンスが込められている感じがしている。
私は、ここで一人の仏教徒としてこのイラン問題を仏教の視点から見てみたいと思う。
イスラエルのメタニヤフ首相とアメリカ・トランプ大統領はイランのハメネイ師体制を悪の権現とみなして‘正義の使者たるわれら’が征伐しに行ったのだと言っているようである。まるで、桃太郎が鬼が島に行って鬼退治したのとまったく同じ構図のようだ。欧米諸国や日本では、イスラエルやアメリカよりもイランのほうがはるかに悪者だという論調が多いように聞こえる。日本の多くの人は、国内の情報環境のためなのか、中国・ロシア・北朝鮮・イランは恐ろしい悪者だと思っているようである。
人は誰でも自分が一番まともで正しいと思いがちだ。なぜなら、自分が一番かわいいからだ。それは私にもある感情だから悪くは言えない。ただ、私は自分は狭い了見の持ち主だと自覚して、できるだけ相手の立場に立ってどうなのだろうかと考えを及ぶように努めている。
結論を言おう。私たちの多くが善悪のレッテルを貼り付けて決めつけているところに世界の問題があるということだ。中国には中国の事情があり、ロシアにはロシアの事情があり、イランにはイランの事情があるということだ。北朝鮮も然りである。それを、ある視点に立って、これは正しい、あれは間違
いだと正邪・善悪の判断するところに諸悪の根源があるのだと思うのである。もちろん、その国の挑発的な振る舞い、不条理な人権弾圧、その日の糧すらもままならぬ極貧生活を人民に押し付けて軍備拡張に走る権力者には私も怒りを覚える。しかし、アメリカをはじめとする欧米諸国、そして日本という民主主義国といわれている国でも、難民や移民に対して差別や劣悪な生活環境に押し込めている実態がある。そしてこれらの‘民主主義国’も軍備拡張に血眼いなって緊張を呷り立てている。緊張緩和と互恵関係を促そうとしないのか疑問い思うばかりである。
世界が目のサヤをはずしてお互いに理解しあいながら、交流しあいながら共に繁栄と平和を創造してほしいものである。

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