/ 95.イラン戦争と狂信者
アメリカのキリスト教福音派とイスラエルのユダヤ教のなかには、‘ハルマゲドン’と‘メシア再臨’が待望されている風潮が出ているようである。世界の邪悪なるものを徹底的に破壊して、そこから救世主が再びこの地に降臨して真なる神の世界が実現されるのだということのようだ。今現在、その邪悪なるものがイスラム・イランであり、トランプとメタニヤフが神の使いとしてこの世に派遣されて邪悪なるイランを叩き潰すために‘ハルマゲドン’をおこしているのだという論法のようだ。これはまさしく、私には狂った宗教信者にしか見えない。しかし、当の本人たちは正気でまともだと思っているから始末が悪いと思っている。
この‘ハルマゲドン’待望論は、95年3月にオウム真理教が‘ポア’と称して地下鉄サリン事件を起こしたのと同じ理屈だと思った。
‘ハルマゲドン’論者には、自分たちのみが生き残って、自分たち以外は絶滅して当然だという考えが見え隠れする。ユダヤ教にある有名な選民思想も、イスラエルの民のみが救われるという考えだが、この思想も‘ハルマゲドン’に類しているように思う。まさしく、自分たちのみを善なるものとして思い込んでいるようである。この偏狭な見方である選民思想から解放したのがイエス・キリストだといえよう。なぜなら、イエスは、すべては許されてあるのだと説いたからである。
私は、神や仏などの‘超越的存在’の名を使って自分たちのみを正統とし、善なるものとしてみなす思想は宗教でもなんでもなく、単なる差別主義者、排外主義者にしか過ぎないと思っている。
真の宗教とは、善悪を超越した宇宙真理を指し示すことだと思っている。人間の浅はかな思いやはからいに惑わされることなく、私たちひとりひとりが、いや、存在のひとつひとつが絶対的存在としてあることの事実を感得すること、それら無数の絶対的存在の関わり合いの中で生かされていることに気づかさせるのが宗教の任務ではないかと思っている。
狂信者は宗教家でもなんでもなく、単なる独善者に過ぎないと思うのだ。

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