35.愛国心ということ  (神谷湛然 記)

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  35.愛国心ということ

 戦後、日本人は愛国心を失ったとよく言われてきている。主に保守右派と呼ばれている側からよく主張されている。愛国心のない日本は滅びてしまうと危惧している人もいるようである。ここで原点に立ち返って、そもそも愛国心とは何なのか、私なりに考えてみたいと思う。
 まず、愛国心の対象である‘国’について考えてみたいと思う。
 国家というものを形成している私たち現生人類は、最初から‘国’という概念を持っていなかったことは歴史人類学で明らかにされている。私たち祖先であるホモ・サピエンスは20万年前に東アフリカで誕生し、10万年ほど前にアフリカを出てユーラシアに渡ったといわれている。そして四方八方に移動して山や谷、川、そして大海原をも超えて大海に浮かぶ島々にも渡って地球全体にへと分布を広げていったことが知られている。その大移動のとき、人々は境界をまったく気にすることなく自由に移動していったのであった。群れを特徴とするホモ・サピエンスが‘国’の原初形態とみなせる集落を作ったのは自然のなりゆきとみなせるであろう。集落では共同作業が行われ、共通の言葉と‘おきて’があった。その集落が大きくなった時、もっとも尊い所とされた場所に‘カミ’に捧げる祭祀場が設けられていたことが明らかにされている。つまり、祭祀場が集落の統合の象徴とされたということである。その集落がさらに発展して‘クニ’となったことは周知の通りである。
 卑弥呼に関する記録で有名な、三世紀に編纂された中国の魏志倭人伝によれば、倭の国(日本)は百余国に分かれていたと記している。それぞれの‘クニ’に王と軍事組織を持っていたという。それを最初に統一したのが‘大和朝廷’とされている。ただその範疇は東北以南の本州・四国・九州だった。東北が‘日本’に入ったのは奈良時代から平安時代にかけて活躍した坂上田村麻呂の‘蝦夷’征伐によってであった。江戸時代に北海道渡島半島が松前藩として‘日本’に編入され、明治になって北海道全域と琉球が沖縄県として併合された。日本が武力と‘脅し’によって形作られていった歴史をまず確認しておきたいと思う。このような国家の形成は世界に一般的に認められる。そして今も分裂して新しい国家ができたり、吸収されて別の国家の一部となったりしていることを目にし耳にする。国というものは流動的なことに気づかされる。
 国という観念、国家の流動的なありようを見たとき、私たちは何をもって国家を実体的なものとしてみるのであろうか。それは、伝統とか文化とか言語とかではなくて、権力の及ぶ範囲だと私は思う。それを下支えするものとして法律と軍隊・警察といった暴力装置があると私は考える。
 戦前、日本では戦地に向かう兵士たちに国民は日の丸の旗を振って送り出した。戦争に反対した人は‘非国民’とけなされて牢屋に放り込まれた。国家総動員法・国家精神総動員法が制定されて‘鬼畜米英’を掛け声して悲劇的な大戦争に突入していった。宗教界でも仏教界も含めて大量殺人に積極的に加担した。数少ない良心的宗教人はいたが投獄されて口封じされた。今思うに、あの時、本当に国を案じていた人は誰であったのか、本当に愛国者だといえる人は誰であったのか、考えてしまう。時の権力者に盲従することが‘愛国者’と思い込まされていたのではないのか、国家統制・情報の一元化などが叫ばれている今日、つくづく考えさせられる。日常世界にすべての家に国旗が当然のように掲げられ、はためく有様は、私には権力者の強い意図を感じてしまう。ウクライナ戦争の当事者であるウクライナ・ロシアをみて改めてそう思う。つまり国民統制の象徴として使われているのをよく見るということである。
 ‘愛国者’‘愛国心’の前提として、自由な意見・自由な表現・自由な行動が保障されなければならないと私は思う。なぜならば国家を国民のためにどうあらねばならないのか、それを知っているのは神だけあろう。その神に近づくためにホモ・サピエンスは群れを作って互いの相互作用によってより良きものを作ろうとする智慧を持ったといえる。独裁者はいかに国を危うくさせるものなのか、歴史は今もそれを教えている。

1957年奈良県生まれ。1981年3月名古屋大学文学部卒。書店勤務ののち、1988年兵庫県浜坂町久斗山の曹洞宗安泰寺にて得度。視覚に障害を患い1996年から和歌山盲学校と筑波技術短期大学にて5年間、鍼灸マッサージを学ぶ。横浜市の鍼灸治療院、訪問マッサージ専門店勤務を経て、2021年より大阪市在住。
 仏教に限らず、宗教全般・人間存在・社会・文化・政治経済など幅広い分野にわたって配信しようと思っています。
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         神谷湛然 合掌。

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