/ 104.‘現実’だからこそ非核三原則を
被爆81年目の今年も、8月の6日に広島と9日に長崎で平和式典が行われた。今年は高市早苗氏が首相ということもあって、核兵器をつくらず・もたず・もちこまずの非核三原則への対応が注目された。高市氏は声明で、核のない平和な世界を目指して「わが国は非核三原則を堅持しており・・・’と言った。これまでの歴代首相は「堅持しながら」とか「堅持しつつ」と述べてきた。それと比べると、高市氏にはこれからも非核三原則を堅持していく姿勢がみられなかったと、いくつかのマス・メディアから指摘されている。安保三文書改定で非核三原則のなかの‘もちこまず’を削除して核共有したい意向の持ち主だからだろう。
‘現実’論者は高市氏の姿勢を当然のように受け止めているようである。ある民放ラジオで広島の被爆三世というアナウンサーが、核武装国に囲まれている日本の‘現実’を見れば核抑止論にまさる対策がない現状からは核でもって対応するしかないのかもと言っていた。
‘現実’論者には‘目には目を、歯には歯を’という考え方のようだ。イエスの「だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい」(マタイ5・39)には‘なにを寝ぼけたことを’と嘲笑するかもしれない。歯止めのかからない際限なき軍拡競争は必要悪としているようだ。
アメリカをはじめ、中国・ロシア・フランスは核弾頭を増やしている。北朝鮮は核武装国となってミサイル実験を繰り返している。そこに‘台湾有事’危機もあって日本の世論は核持ち込みをも想定した軍備増強はやむを得ないという空気があるようである。戦前の‘亡霊’が来つつあるのだろうか。
私は核抑止論を超える軍事戦略はあると考える。それは、仲良くすることだと。主義や体制の違いを超えて互いに和平共存を促していくことだと思う。日本はなぜ核保有国であるインドやパキスタンに脅威を覚えないのだろうか。アメリカと同様に、仲良しだからである。日中国交正常化した頃、既に核武装国であった中国を脅威とみていなかった。仲良しだったからである。当時の中国は‘遅れた国’だったが、それでも核兵器保有国だったにもかかわらずである。その頃の1980年にNHKで放映された「シルクロード 絲綢之路」シリーズは高い人気となって、私も夢中で見たものだった。パンダも日本に来て日中友好ムードは今では考えられないほどの高まりだった。中国に対する敵愾心は日本全体でほとんどなかったことを覚えている。
現在、世界は自分主義にまみれて相互不信に陥っている。今、日本はとくに中国と話し合いすらできない状況となっている。その元凶は、徹底的に中国を嫌っている高市早苗氏そのものであると思う。不必要なあつれきを彼女はもたらしているといわざるをえないだろう。韓国とは今は良好な関係とみられているが、高市首相の内心では韓国も嫌っていると思われる。なぜなら、自民党総裁選の時には、2月の‘竹島の日’には堂々と大臣を送って竹島を日本の領土と主張すべきだと言っていたのである。それが、首相になった途端、そのことを忘れたかのように韓国とシャトル外交を継続して事を荒立てないように仲良くしているのである。たぶん、韓国とも不仲になればアジアにおけるスタンスを弱くしたくないアメリカからも批判されてアジアにおける日本の孤立化を招きかねないと危惧したかもしれない。敵陣へ先頭に立って突進したジャンヌ・ダルクがお好きなようにみえる。違いを認め合って戦略的互恵関係を深めていこうとする意欲がどうしても弱いようにみえてしまう。
戦前、日本は中国からの挑発に対する自衛だとして、中国に軍隊を送って軍事的侵略して中国を属国ないし植民地化しようとした。‘自衛’を御旗に侵略したのだった。憲法9条にある「国際紛争の解決のために武力を用いてはならない」としたのはこの反省からである。台湾有事にしろ、朝鮮半島有事にしろ、ホルムズ有事にしろ、これらは国際紛争である。外交努力以外に本当の解決はないと思う。なぜなら、軍事的解決は憎しみを増産していくだけだからである。
勇ましく吠えるものほど危ないものはないと歴史は語っている。その見本の1つがドイツ民族純化を掲げてユダヤ人大量虐殺したヒトラーであり、精神論でもって勝てると思い込んで主戦論を唱えて日本を勝算なき戦争に引きずり込んだ東条英機ではないかと思っている。高市氏には国際協調に立って平和と軍縮を進める努力してくれたら、それこそ彼女は歴史に名誉ある跡形を残すのではないかと思う次第である。

コメント